全ての始まりは1971年だった

パソコンに感染するウィルスというものは一体いつから誕生したのか、その情報を知っている人は何人くらいいるでしょうか。

メインフレーム中心の時代において誕生した

パソコンに感染するウィルスというものは一体いつから誕生したのか、その情報を知っている人は何人くらいいるでしょうか。害をなす存在の情報など知る必要はないと考えてもおかしくないと思いますが、ウィルスの存在を知ることでパソコン技術がそれだけ発展をしているということを理解出来る側面ももっているので、学術的に研究をする人にとっては必ず勉強することではないでしょうか。もちろんそれ以外の人でも知ろうと思えば知ることの出来る便利な世の中になりましたので、知識として溜め込んでおくのもいいでしょう。とはいえ、さすがに自分のパソコンを使えなくするような存在の歴史を知っても面白くないと思うので、少しユニークな形で紹介できるところは紹介していこうと思います。ではでは、パソコンウィルスのが生まれたその歴史を始まりから現代まで少しずつではありますが振り返って見ましょう。

全ての発端は1971年に、ボブ・トーマスという研究者が作り出した自己複製型プログラムの一つである『クリーバー』というものが全ての始まりでした。ウィルスということであっという間にネットワークに侵入して、ハツカネズミが日を増すごとに増殖していくように増えていきます。当時はインターネットの全身である『ARPANET』というものが主流となっており、当然現在のような技術はまだ対策を困れていなかったのであっという間に感染するコンピューターが増えていきました。これはアレですね、とある兎を模した化け物たちが街の住人達を食らい尽くしていく様子によく似ているでしょう。感染したパソコンには『俺はクリーバー、捕まえられるなら捕まえてみな』、という表示がされるそうです。兎の中でも本体というものが存在しているので、いくら分身を八つ裂きにしても倒すことは不可能だぜ小夜! 的な状況でしょう。でも結局最後には本体を見つけられて粉々に切り裂かれて死亡すると言う結末に至ることを考えたら、対抗する技術も当時から技術を持っている人が存在していたということになると思います。

始まりの火蓋は切って開かれたように

クリーバーが誕生したことによって、その後ラビットというFork爆弾が誕生し、パソコンを壊すためのウィルスが誕生した。現実的に言うなら爆弾魔ですね、最後には直死の魔眼で引き裂かれて死ねばいいですね。死刑宣告です。

蒸気のように初めから意図してウィルスを作ったということを前提にしていればいいのですが、もともとは学習プログラムとして発明されたプログラムが後にウィルスとして進化してしまうということ例もあります。それが『ANIMAL』というものです。このプログラムを利用したいと願う希望者が殺到したことで、いちいち作るのが面倒くさいということで開発者のジョン・ウォーカーは複製版として『PERVADE』を作り出しましたが、これがシステムに過重すぎる負担を強いることになってしまうという結果を生み出してしまうのだった。これが後に語られる『トロイの木馬』という、世界で始めて確認されたウィルスとして新生してしまうのでした。初めは学習プログラムとして発明されたにも関わらず、後の世からはその複製がウィルスとして見られてしまうなど、なんと不幸なことでしょうか。泣くに泣けないですね、開発者のウォーカー氏は手抜きをしたばかりにこのような事態になってしまったことで、相当弾圧されてしまったでしょう。一躍歴史的偉人になるはずが、歴史的大悪党になってしまった瞬間だと言えるでしょう。

ウィルスという存在はそれだけ問題視されていた

社会的にそこまで発展していないパソコン技術のように感じますが、全体的に見たときに深刻な問題として捉えて作品の中で取り上げる作家も現れました。それが1975年にイギリスのSF作家ジョン・ブラナーの作品の中で、ネットワーク上で増殖するウィルスのことを『ワーム』と呼ぶようになったのです。

これほど的を得た名称はないでしょう、しかも作家というまだパソコンというものを使うような仕事でもない人が作品の中でこういったウィルスについての情報を取り上げているということは、それだけい一般にも認知されていたということかもしれない。この頃になるとパソコンというものは開発段階において発展を続けている次世代の最新機器として注目を集めていたことでしょう、ですが現在のように誰もが持っているということではなく特定の富裕層や関係者でなければパソコンに触れるということはなかったでしょう。

それでも一般の人にもそれだけ認知されているような情報であることは確かでしょう、つまりは当時から欧米諸国ではそうしたパソコンという機械が今後自分達の世界において必要になるツールとして活躍することを理解していたのでしょう。それも国のトップに立っている人間だけでなく、一般人にも知れ渡っていると考えたらそれだけ社会としても今後注目していかなければならないものだった、ということでしょう。そういう視点で考えたら欧米諸国がいかに先進的に物事を捉えていたということは伺えますが、同時に共に進化しているウィルスというパソコンを侵食していく存在をないがしろにすることは出来ない状況だったからこそ、世間に情報を遺憾なく発信していたのかもしれません。

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